セックスレスはいくら共感を得られても乗り越えられない
私は39歳まで、約20年間セックスレスでした。
セックスレスの相手、だんなさんとは18歳からの付き合いなので。まぁ、そうなりますね。
それでもいい人だから、性以外は良好だから、と20年耐え続けてきました。
Twitterにはたくさんいますね。
レスられてるけど、好きだからと我慢している人たち。
私は頑張ってください、としか言えません。
胸が痛くなるので、そういう人たちのがんばってるところを私は見たくありません。
もう充分それを味わってきた身だから。
セックスレスから始まった心のすれ違い、理解されない辛さ、他人同士が共に生きるということ、価値観のすりあわせ…。
結局周りはどうすることもできないから。
同じような境遇の人がいる!わたしだけじゃないんだ!って共感して、がんばりましょうと励まし合ったとしても、結局は自分の中で消化するしかない問題。
セックスレス解消を仲間意識の中で頑張ると、苦しみの長期化になる人もいるんだろうなと思って見ています…。
たまにセックスレスで苦しんでいる人のツイートが目に入ってくると辛くてね。。しんどくなります。
それに結局私と同じくらい20年もセックスレスに悩み続けてきた人を、私は目にしたことがありません。
10年で賢者ですか。じゃ、私はなんなんだ?
セックスレスの悩みを他人に共感してもらうなんて不可能。そんな諦めが私の中にはあります。
セックスレスを納得しようとする3つのパターン
自分を責める
セックスレスだった頃、いろんなことを考えました。
いろんなことを考えて、自分がなぜ、セックスをしてもらえない身なのか、どうにか納得しようとしてました。
だれでもまず、セックスを拒否されて考えることは、自分に非があるのでは?と思うこと。
女性として見てもらえないのは、自分の努力が足りないから。自分の身体が魅力的でないから。
原因を考えれば考えるほど、自分を責め、情けなく思い、自己肯定感が低くなっていく。
いつでも「こんな私だから」という思いが付いて回るようになってくる。
開き直って違うことにパワーを使う
セックスレスもわたしレベルに長引くと、もう、悟りを開くしかないような心境になってきます。
自分のことを一通り責め切ったら、今度は悟り。開き直りみたいなもんです。
性欲やセックスを通した愛情欲を頭から追い出すために、違うことに情熱を向けようとします。
私の場合は、ネットでの副業だったり、趣味の海外旅行でした。
夫婦間セックスレスだと、夫婦以外でセックスをすることは許されないので、夫がセックスをしてくれないなら、もう諦めるしか道はないんです。ほかの人に抱いてもらうことなんてあり得ないんだから。
最近は女性風俗も流行ってますけど、そっち方面にお金を使うのもなんか違うな、と思う自分が今でもいるので、どんなに流行っていてもそちらにはいかなかったと思います。。
なにかに情熱を注いで、パワーを使って、どうにか性欲をごまかす日々。
エッチしたいな、と思う時ももちろんありました。
そういう時は開き直って、ちゃっちゃっとオナって性欲解消ですよ。
もう、抱いてもらえない自分のことを責めたりしません。
セックスすることは諦めるしかない状況なのですから。
ここまでの心境になるまでに、15年。私は鬱一歩手前になり、心療内科とコーチングのお世話になりました…。自殺も何度も考えました。それなりにつらい道程だったことを付け加えておきます…。
自分をだます(自分を納得させて諦める)
セックスレスである自分を、だます方法を考えるようになります。
ここまでくると、相当セックスレスで頭がいかれてきている状況だと今は思いますけどね。
セックスレスを諦めるにはそれなりの理由が必要。
私は自分の身に起きているセックスレスという苦しみの現象を、どうにか理論でもって押さえつけたいと思いました。
性欲を理性でもって制御したかった…。(うぅ、かわいそう、わたし…)
性に振り回されるなんて、情けないし、恥ずかしいじゃないですか。
自分の尊厳のためにも必死でした。
そんな私が自分をだますためにたどり着いたのが「生涯セックスレス回数理論」(持論)でした。
セックスレスの極み「生涯セックス回数理論」
セックスしてもらえないのは自分のせいではない、自分の中のセックス人生はもう終わったのだから、次のステップに進もう。
そういう気持ちに達した時に産み出されたのが、セックスレスである自分を納得させる理屈「生涯セックス回数理論」です。(持論)
セックスレスの極地まで行くと、自分の人生の中で起きているセックスレスという苦しみを、理屈で持ってどうにか納得させようとするんですね、人間って。
諦めるというより、納得させるんです。
自分は悪くない、だんなさんも悪意があってレスっているわけではない、じゃあどうして私の生活の中にはセックスがないのか?
もうちょっとした哲学みたいになってきます。
唯物論とかそんなかんじです。
なぜセックスは人間に存在するのか?私には存在しないのか?
20年もセックスレスで苦しんでいると、セックス自体がどういうものなのか、自分でも確たるものが持てなくなってきて、セックスするとどういう気持ちになるのか、とか思い出せなくなっているんです。
とにかく性欲、まずは体を気持ちよくさせたい。感じたい。(ほんとは「だれかのちんこ」で感じさせてもらいたいんだけどそれは無理だからできるだけ考えないように心がける。)
セックス自体がなんなのか。なんのためにセックスは存在するのか。
セックスをしないとどうなるのか。
セックスとは人間にどのようにプログラミングされているのか。
とかとか、わけのわからないことを真剣に考えるようになってしまうんですね。
もう、そんなとき、バカみたいだな、と自分でも思ってますよ。
でもふざけてるわけじゃなくて、結婚しているパートナーがいるのに、性生活がないという矛盾を、自分が納得するために、いろんな真理を追究しないとやってられないんですよ。
それで最終的に私がたどり着いたのが、「生涯セックス回数理論」(持論)だったというわけです。
私の、いや、私限定ではなく、人類の(このくらい大きく語らないと納得いかないからね)生きている間に行う性行為の回数は人それぞれ何段階か決まっていて、私は恐らくまぁまぁセックス回数の少ない次元に生きており、生涯セックス回数は100回と決まっていたのだろう、という神から与えられた逆らうことのできない運命…みたいな理屈を信じることにしたのです。
もう、頭、いっちゃってますよね 笑。
私の人生で、セックスをする回数は上限100回と決まっていた。
最後にしたセックスが、ちょうど100回目だったんだ。
だから、もう私の人生の中の生涯セックス回数はクリアしてしまったので、私はセックスレスになり、今後の人生でもセックスすることなく生きていく運命なんだ。
人によって生涯セックス回数は違っているけど、だいたいが区切りのいい、0回、1回、10回、100回、1000回とかで決まっており、その上限に到達すると、もうセックスなしの生活を送ることになるんです。
一生彼氏彼女ができない人だっているわけで、そういう人は生涯セックス回数は0回の運命。
1回だけの人もいる。10回だけの人もいる。
でも私は100回もセックスをすることができたんだ。
100回位セックスしたかな?
確かにちょうど100回位セックスしたのかもしれない。
私の生涯セックス回数は100回で間違いないんだ。
そんなことを毎日1回以上は考えているわけです。難しい顔をして。
わたしの人生では、100回を超えてセックスはしちゃいけないんだから、今後セックスをできないことを嘆いてはいけない。
受け入れないと、現実を。
愛する人と100回もセックスできたことに感謝しなくては。
セックスしたいのに、1回もセックスできなかったわけじゃないんだから、嘆くことではない。
100回もセックスした。私は使命をもう既に全うしたんだ。
私の生涯セックス回数は100回。私の生涯セックス回数は100回。私の生涯セックス回数は100回。
それ以上は絶対にしません。
しないように人生プログラムされているんだ。逆らうことはできないのだ。
生涯するべきセックスのノルマは達成したのだ。
私の人生にセックスはもうないのだ。
現実を受け入れよう。わがままを言ってはいけない。人と比べてはいけない。
人によってそれぞれセックスをする回数は決まっているのだから、100回だっただけでもありがたく思おうではないか。
笑い話でもなんでもなく、「生涯セックス回数理論」は、20年セックスレスで悩んでいた私が、本気で憑りつかれていた理屈です。
そう思うしかなくてね。自分をそう信じ込ませていました。
今の彼とセックスをした回数
この前たまたま彼と、今まで私達、何回セックスしてきたんだろうね、という話をしていて。
(それでセックスレスだった頃の「生涯セックス回数理論」を思い出したの。)
だいたいエッチできる日は、1回じゃ終わらないから。最低でも2回するからね、彼は。
1回しかセックスしなかった時は今まで数回しかない。思い出せるくらい少ないです。
(もしかしたら、私、歳かも…。最近は2回、3回でぐったり。1日に4回、5回することは少なくなってきた。私が拒むことが多くなってきた気がする。。)
少なく見積もっても、1度会うと2、3回はすると考えると、週に2日以上は会ってるから…
週4~6回セックス×4週 = 約20回 / ひと月
20回 × もうお付き合いを始めて3年以上経つから40か月くらいで…
800回くらいか。
もう出会ってから、800回はセックスしているんだね。1000回には届かないけど、案外1000回近くしているのかもね、なんて話をしていました。
生涯セックス回数を100回と必死に信じて生きてきた私なのに、たった3年でその8倍以上ものセックスを彼としてきたのか…。
その事実に気づいた時、なんとなく自分の中のなにかが崩れてしまい、呆然とする感覚がありました。
私がセックスレスの頃、必死で信じてきたあれはなんだったんだろうって…。
人が一生のうちに何回セックスするかは人間に組み込まれているプログラムなんだ、と、もっともらしい考えを作り出したのに、彼と出会ってたった3年で、そんな屁理屈、あっさり超えてしまった。
虚しいというか、アホらしいというか、なんだかセックスレスだった頃の私の真剣な想いが、こんなにも簡単に覆されてしまって、自分のことながら過去のセックスレスで苦しむ私がなんともかわいそうになってしまいました。
涙ぐましいし、かわいそうすぎる。
自分が100回しかセックスしちゃいけない運命だと信じるなんて。
後悔しない人生を
セックスレスってさ、なんか宗教というか、信念と言うか、意地と言うか、人それぞれ、セックスレスで苦しむ自分を納得させるための理屈を考えるんだと思うんだよね。
いつまでもパートナーを責めることで自分を納得させる人もいるし、
パートナーに仕返しできる日を夢見て、それをモチベーションに生きる人もいるし、
自分を責め続けて、自己肯定感ズタズタになりながら毎日苦しみ耐えて待つ人もいるし、
納得いかないから離婚する人もいるし、
私みたいに変な理屈を生み出し、自分をだまそうとする人もいるし、
私みたいに配偶者以外にセックスを求める、いわゆる不倫に進む人もいる。
人それぞれ、ゴールは違うんだろうけど、ゴールに向かう過程が、もう、めちゃくちゃに辛いんだよね。
すごくわかるよ。
だから、そういう過程にいる人の悩んで苦しんでいるツイート、目にしたくないんですよね。
自分の苦しみが思い出されるから。
それに他人がどうこうしてあげられる問題じゃないから。
自分の中で、自分の人生に起きているセックスレスについて納得する答えを見つけ出すことができないでいると、ずっと苦しむことになる。
どうやっても、セックスレスを受け入れることができなかったとき(セックスレスを諦められなかったとき)は、なにかしらの行動を起こすことになるのだと思います。
セックスレスは相手が変わらない限り解消はされません。相手に変わろうという意志が生まれない限り相手は変わりません。相手を変えることは不可能なので、結局セックスレスを夫婦間で解決することはできないというのが私の考えです。
行動を起こして、セックスレスを解消するにしても、苦しむ過程は絶対に必要だと思います。
悩み苦しみぬいて踏み出した一歩に、後悔する人はいないと思うからです。
私は悩んで悩んで変な理屈に憑りつかれながらも、自分で出した答え「W不倫をする」「セカンドパートナーを見つける」に対して、まったく後悔していません。
少しも後悔したことがないんです。
誰に何と言われようとも、後悔の念が沸きません。
彼とうまくいっている・いないとは、関係ないとも思います。
もし、彼とうまくいかなくなっても、お別れすることになっても、私の中で、セックスレスという人生で起きた問題を解決するために努力した日々、もがいた日々に価値がなかったなんてひとつも思いません。
悲しい別れになったとしても、人生を後悔することは絶対にない。
彼と出会えたことはプラスでしかない。
後悔になんて絶対に繋がらない強い確信が私にはあります。
自分の人生の生涯セックス回数が100回なのだから、セックスを諦める、なんて屁理屈に従い生きていた方が絶対後悔したと思う。
わたし、セックスレスに苦しんでいた末期の頃、年老いていく中で、後悔する瞬間を明確に想像できたんだよね。
今動かないと後悔する。
40歳を目前にした私は、強くそう思ったのでした。
だから情けない誰にも言えない恥ずかしいことだけど、出会い系に登録した。
好きでもない相手と不倫した。セックスしてみた。セックスってこういうものだよな、って改めて知った。
セックスが体だけが繋がるものじゃないことも知ることができたし、私は心と体が繋がるセックスがしたかったんだということもわかった。
ずっとセックスから離れた生活を送っていて、セックスがなんなのかさえわからなくなっている私には貴重な体験だったと思います。
収穫しかなかったよ。
全然惨めだと思わなかった。
(だから今の彼に、他の出会い系で出会った男性から私は性を搾取された…とか言われると非常に腹が立ったんだよね 笑。私にとってプラスの体験には違いなかったのだから。)
生涯セックス回数理論に憑りつかれている私の方が、かわいそうで惨めだよ。
今、セックスレスで悩んでいる人、苦しみの真っただ中にいる人も、自分が納得できる過程を踏んでいくしかないんだと思います。
私は、どうやったらセックスレスを解消できるのか、ひとつの方法を提示することはできます。
私のセックスレス解消法を選ぶかどうかはその人次第なわけで、全員が全員選ぶ方法でもないと思っているし、フィットしない人もいて当然だと思う。
でも、セックスレスを解消するための方法として、出会い系を真面目に紹介している情報がなかったので、それなら私が紹介しようとこのサイトを始めました。
私だって、出会い系で遠回りしないで、彼みたいな誠実な人にすぐ出会えるなら、その方法を知りたかったよ。だから私が出会い系で失敗して学んだことを、誰かのために役立つようにこのサイトにまとめている。
私は男遊びがしたかったわけじゃないから。
ほんとは、既婚者でも、なにか、うまく婚外活動が正式にできるような方法があれば…と考えるんですけどね…。
誰も傷つけず、納得のいく安全な方法。
でも、それは性=生命が関わったり、社会的にもとても難しいことだから、やっぱりコソコソ出会い系を使うしかないのかな、と思ったり…。
生涯セックス回数理論から解放された今は、どういう手順を踏めば、セックスレスの夫婦が婚外活動を正式に認めてもらうことができるのか?をゆるーく考えるようになりました。
このことについて真剣に考え、整えようと行動を起こせば、世間からすんごいバッシングで絶対私の精神は持たないのが想像できるので、ゆるーくしか考えないようにしている感じです。。
夫婦間セックスレス、本当に難しい問題です。
私は20年セックスレス、内10年完全セックスレスで苦しんできました。
先入観に惑わされないで欲しい。出会い系に救われる人も絶対います!
出会い系サイトは上手に賢く利用すれば、既婚でもベストなパートナーに出会えます。
同じように苦しむ既婚者のために、私の実体験を元に、こちらで「出会い系の注意点、登録の仕方、進め方」をまとめています。
(ご質問多くいただきますが、私が彼と出会ったのはPCMAXという出会い系サイトです。)
※出会い系が不安な方は、こちらの「セックスレス解決全手順」もご参考ください。セックスレスの私がもがいたすべてを詰め込んでいます!





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